最もシンプルなCoT(Chain-of-Thought)入門 — 現場で効く“分解と思考の手すり”
CoT(チェーン・オブ・ソート)は、AIに「答えだけでなく、そこに至る思考の段階」を書かせる設計だ。高度なアルゴリズムではなく、プロンプトの約束事で実現できる“人間工学”に近い。現場の事務・総務・バックオフィスにとっての価値は、正解率を上げることだけではない。抜けや漏れの検知、判断根拠の記録、引き継ぎ資料への転用——すべてが一気通貫で得られる点にある。
本記事は、できる限りシンプルなCoTの型をひとつに絞り、実務で使えるテンプレと10のプロンプト例を示す。難しい“推論テク”ではなく、今日からミスを減らす“手すり”としてのCoTを解説する。
1. CoTの最小原則は「分解→評価→結論」
CoTの書き方は無数にあるが、現場で安定するのは次の三段だ。
1) 分解(Subtasks): 問題を要素に分け、前提・制約・必要資料を箇条書き化する
2) 評価(Reasoning): 各要素について選択肢/基準/リスクを短く検討する
3) 結論(Answer): 合成結果を要約し、次アクションを1行で指示する
これをテンプレ化すると、どの業務でも“同じ欄”に思考が溜まる。引き継ぎや監査、教育に強い。
最小CoTテンプレ(日本語)
あなたは[役割]です。以下の順に答えてください。
1) 分解: 目的/前提/制約/必要情報/作業タスクを箇条書き
2) 評価: 各タスクの選択肢と判断基準、想定リスクを簡潔に
3) 結論: 実行する案と“次にやる1行”を提示
出力は見出し+箇条書きで。
2. なぜ効くのか — 人間とAIの“共同編集”がしやすい
- 作業者は「分解」欄に目を通すだけで抜けを発見しやすい(チェックリスト化)
- 上長は「評価」欄だけ見れば“判断の筋”を査読できる(結論だけではなく根拠を見る)
- 「結論」は次の担当者への指示にそのまま転用できる(メール/チケットの下書き)
要は、CoTを“業務フォーマット”として固定化することが本質だ。モデルやプロバイダが変わっても、フォーマットが守られていれば運用が壊れない。
3. よくある失敗と対策
- 失敗1: 「考えて」とだけ書き、出力が散文化する →“欄”を明示する(分解/評価/結論)
- 失敗2: 長文すぎて読む気がしない → 文字数上限を各欄に入れる(例: 箇条書き5項目まで)
- 失敗3: 結論が曖昧 →「次にやる1行」を必須にする(期日/担当/媒体まで)
- 失敗4: 追加情報でやり直し →「不足情報の要求」を分解欄に入れる(問い合わせ雛形を自動生成)
- 失敗5: 事実と推測の混在 →“確定/仮定”ラベルを評価欄に付けさせる
4. 実務(事務・総務)に効く10プロンプト
以下は、前述の最小テンプレを内蔵した“そのまま使える”例だ。トーンは丁寧、出力は見出し+箇条書きに統一している。
4-1. 稟議書ドラフト(小額購買)
あなたは総務担当です。以下の順に答えてください。
1) 分解: 目的/前提(購買金額/品目/納期)/制約(稟議ルール)/必要情報/作業タスク
2) 評価: 代替案(A社/B社/在庫品)と比較基準(価格/納期/信頼/保守)/想定リスク
3) 結論: 採用案と次にやる1行(誰に/何を/いつまで/どの媒体で)
入力: ノートPC 1台、上限13万円、来月5日納品希望、在庫優先
出力は見出し+箇条書きで。各欄は5項目以内。
4-2. 取引先登録チェック(反社/与信の一次確認)
あなたは総務です。分解/評価/結論で回答。
入力: 取引先「株式会社エイビーシー」業種=SI、Web/登記/帝国DB未確認
分解に「不足情報・問い合わせ雛形」を必ず含めてください。
4-3. 議事録の骨子化(会議録音→要点)
あなたは事務です。分解/評価/結論で回答。
分解: 会議の目的/参加者/決定事項/未決事項/宿題
評価: 決定の根拠・懸念・依存関係
結論: 配布用サマリと次にやる1行(送付先/期限)
入力: 以下の文字起こし(要約して扱う): <ここに議事録テキスト>
4-4. 月次締めのToDo化(チェックリスト自動生成)
あなたは総務です。分解/評価/結論で回答。
分解に「締め日タイムライン表」「担当/所要」を含め、結論でJira/Redmine用のチケット雛形を出力。
入力: 月次締め=25日、関与=購買/経理/総務、支払2件、立替清算5件
4-5. 社内周知メール下書き
あなたは総務です。分解/評価/結論で回答。
分解: 目的/対象/伝達事項/日程/FAQ/リスク
評価: 伝え方の選択肢(メール/Slack/掲示)と根拠
結論: 件名+本文のドラフト(400字以内)
入力: 防災訓練 9/12(水) 15:00〜 15分、屋外一次避難
4-6. 契約更新可否の一次判定
あなたは総務です。分解/評価/結論で回答。各欄は5項目以内。
入力: 清掃委託 12か月契約/自動更新/現単価据え置き/クレーム0/担当異動予定
4-7. 社内イベント企画の素案
あなたは事務です。分解/評価/結論で回答。
分解: 目的/対象/予算/会場/プログラム/役割分担/タイムライン
評価: 3案比較(社内/外部会場/オンライン)
結論: 採用案と次にやる1行
4-8. マニュアル更新の差分抽出
あなたは総務です。分解/評価/結論で回答。
分解: 現行手順/改訂点/影響範囲/周知先/改訂版の版管理
評価: 変更の妥当性とリスク
結論: 差分サマリと配布計画
入力: 旧手順と新手順の要点: <ここに2つの箇条書き>
4-9. 備品購入リクエストの妥当性チェック
あなたは総務です。分解/評価/結論で回答。
分解: 目的/使用頻度/代替/在庫/上限/見積
評価: 3観点(コスト/利便/運用)
結論: 承認/差し戻し/追情報のいずれか
入力: 追加チェア 2脚、来客用、在庫1、上限3万円/脚
4-10. 新人向け引き継ぎメモ生成
あなたは事務です。分解/評価/結論で回答。
分解: 担当業務一覧/使用システム/日次-週次-月次/関係者/注意点
評価: つまずきやすいポイントと回避策
結論: 初週ToDo(5項目以内)
入力: 部署=総務、主要システム=勤怠/経費/購買、社内ポリシーあり
5. 実務テンプレ(そのまま使える共通版)
あなたは[役割]です。以下の順に答えてください。
1) 分解: 目的/前提/制約/不足情報/作業タスク
2) 評価: 選択肢/判断基準/想定リスク(確定/仮定ラベル付)
3) 結論: 採用案と次にやる1行(誰に/何を/いつまで/媒体)
出力は見出し+箇条書き。各欄5項目以内。
6. 運用のコツ — “読みやすさ”が定着を決める
- 箇条書き上限を決める(冗長化を防止)
- 役割を明示(「あなたは総務」など)
- 期日・担当・媒体の3点セットを必ず結論に入れる
- テンプレは部門ごとに微調整し、社内“標準CoT”を1枚にまとめる
- 成果物はナレッジ化(カテゴリ/タグ付け、検索キーワードの統一)
7. まとめ — CoTは“賢さ”ではなく“整える力”
CoTの価値は、モデルを賢く見せることではない。情報・判断・指示を整えることにある。分解→評価→結論。たったこれだけの手すりが、現場の再現性を生み、ミスを減らし、引き継ぎを容易にする。今日から使える最小のCoTで、チームの業務を静かにアップグレードしよう。
コメント